讀賣の記事を数枚送って頂きましたが、どうもおサボリしているうちにブログの仕様が変わってしまって、1枚しか載せることができなくなったみたいです。
すみません。
それで、まだあんまり固まっていないのですが、ちょっと私の意見(というほどでもないのですが)を書いてみたいと思います。
まず、自分が生まれた国の憲法は世界中で〝なかなかのものである〟と思っていること、
前文(これがまた良いw)に続き第一章第一条に
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
とあることであります。
昭和に生まれ、あまり豊かな育ちでもありませんでしたが、一般庶民として秀でることも無くでもドロップアウトすることもなく、それなりにできる努力はしてきたつもりです。
自分と家族の生活を切り盛りしていくことでいっぱいいっぱいの中、わずかながら出来た暇にふと気付いたのがいわゆる
平成の皇太子ご一家バッシング
でした。
天皇と言えば昭和天皇であり、平成の天皇をあまり意識することがなかった私に、このバッシングは、天皇の後継、すなわち皇統を強く意識せざるを得ない状況をもたらしました。
私も私の周りでも、「天皇は男のみ」なんて憲法の下位法である皇室典範を意識している人間は「皆無」でした。
敬宮さまがお生まれになった時、もしかしてその後に男の子がお生まれになるかもしれない、という意識はチラッとありましたが、
「もしかして女帝誕生!?」
このワクワクは強かったです。
私の姑は明治生まれで、亭主は「男だから」と何もかも優遇されて育ったあかんたれですが、二人とも世の中は変わってきているということをちゃんと認識しておりました。
大日本帝国から敗戦、灰燼に帰した日々から苦労して何とか生活を立て直し、自身も海外旅行を数回楽しめるようになったからです。
「世の中変わった」と意識しないはずがないのです。
今、皇統を考えるに当たって、まず一番に考えねばならないことは何か?
それは憲法であって皇室典範ではない、と思います。
戦前の大日本帝国憲法の第一章第一条は
大日本帝国は萬世一系の天皇之を統治す
となっています。
天皇統治から主権在民と変わった世を、萬世一系、女帝もいたがそれは中継ぎ、ずぅ~~~~っと天皇は男だったと歴史学的にもハッキリしていない事柄で縛る必要はどこにあるのでしょう?
男だろうと女だろうと、敬宮さまは天皇陛下の御子(皇子)であることに違いはありません。
政府は、この事実を「ゆるがせ」にしてはいけないのです。
男女同権の世の中だから、ではありません。
「子」でいらっしゃるからです。
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