2600年の皇統のキーパーソンは女

〝推古天皇は女性〟
亭主が学校で習った、試験に出たという話から、そう言えば〝欠史八代〟というのもあった、習った、と娘と夕ご飯を食べながら皇統の話になった。

欠史八代、神武天皇からの統治を長く見せるために作ったという話から、いや実際にモデルとなる大王はいたのだろうと古代史でもいろいろ言われているそうだが、実際に存在したとしても

男系男子

で、ずっと繋いで来たかどうかはわからないではないか。
そんないいかげんなことで「歴史の重み」などと言う男系男子派は豆腐の角に頭をぶつけて○んでしまえ。

明治期、天皇は軍の総帥でもあられたので、井上毅が皇室典範を定める時に、特に「天皇は男」に拘ったと言われているが、古代神功皇后が大きな腹を抱えて三韓征伐に出かけたりもし、伴侶の天皇が亡くなった後、摂政として70年も統治したという話、江戸時代までは神功皇后って人気だったらしい。

だいたい大昔は、女のところへ男が忍んで行ったのだから、2600年の歴史の重みである男系男子は、「男の子だから」と大事にされて、ちょっと下駄も履かせて貰った「男」のファンタジーでしかないんでない?

竹田の○んこのお味噌汁の話は、「今日の夕ご飯がかぼちゃのスープでよかった!」と言いながら、娘が下した結論は。

○んこや△っこからも神様が生まれたんだから、天皇をお支えする家柄に生まれた竹田だけは、

嫌がらずに飲むべきだ!

と言ってます。
ほんとこんな野郎が〝歴史学者〟とは片腹痛い。


Comment

大正15年と昭和59年そして、現在・令和8年・・・
  • 手白香
  • 2026-07-15 11:21
  • edit
>明治期、天皇は軍の総帥でもあられたので、井上毅が皇室典範を定める時に、特に「天皇は男」に拘ったと言われているが、古代神功皇后が大きな腹を抱えて三韓征伐に出かけたりもし、伴侶の天皇が亡くなった後、摂政として70年も統治したという話、江戸時代までは神功皇后って人気だったらしい。

神功皇后は実は天皇だったと、いう説もありますからね。
神功皇后のウィキペディアにも、即位説が出ています。

>即位説
>『新唐書』列伝第145 東夷 日本[16]に「仲哀死、以開化曽孫女神功為王」、『宋史』列伝第250 外国7 日本国[17]に「次 神功天皇 開化天皇之曽孫女、又謂之息長足姫天皇」とあるが、『宋史』には10世紀に日本から渡った僧・奝然が伝えた『王年代紀』の内容を掲載したと明記されている。『新唐書』が編纂されたのも11世紀であり、やはり『王年代紀』を参照したと考えられる。明治時代以前は、神功皇后を天皇(皇后の臨朝)とみなして、第15代の帝とした史書もあったが、1926年(大正15年)10月の皇統譜令に基づき、皇統譜の歴代天皇から外された。

皇統譜の歴代天皇から外されたのは、何と「大正15年」になってから!

それから、井上毅が明治期に男系男子に強く拘った理由は、天皇が軍の総帥になられること以外にも、次のような理由かありました。
皇室全体無謬主義の立場を取るT氏のブログですけど、5年前の記事に、明治の皇室典範成立過程について書かれています。

この記事で重要と思われる部分を、抜粋しておきますね。

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https://www.a-takamori.com/post/210128

>シナ父系制(男系主義)に由来する(今やすっかり過去のものになった)「姓」の観念
(→これが女系排除の理由)の他に、当時の「男尊女卑」の風潮(→これが女性排除の理由)があった(井上「謹具意見」)。

>男尊女卑の価値観を前提とすれば、女性天皇がご結婚によって皇婿(こうせい=女性天皇の配偶者)を迎えられた場合、一般国民から天皇の地位よりも“高い”位置にあると見られてしまって、極めて不都合なことになる一方、女性天皇に独身を強制すべきではないので、そもそも女性天皇を認めるべきではない、というロジックだった。

>「男を尊び女を卑しむ慣習、人民の脳髄を支配する我国(わがくに)に至(いたり)ては、女帝を立て皇婿を置くの不可なるは多弁を費(ついや)すを要せざるべし」と(「謹具意見」が引用した沼野守一の意見より。元々の出典は、明治15年3~4月に自由民権結社・嚶鳴社〔おうめいしゃ〕で行われた討論の筆記「女帝を立つるの可否」)。

>このような意見が、現代日本においてとても通用しないことは、改めて言う迄もあるまい。

>江戸時代の女性の地位はイングランドに比べても、より高かった(中村敏子氏)。

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熊本出身のミソジニーによる「男尊女卑」を根拠とした、女性天皇排除。
(実はこの時、長州出身の伊藤博文は、女性天皇に賛成していた)

“皇婿が女性天皇の後を歩くとどちらが天皇が判らないよ”なんて、最近敬宮様への不敬発言で炎上した某世襲議員の父親が、首相時代にロンドンサミットで感じたこととソックリ。

先日不敬発言をした中曽根弘文の父は、1984年のロンドンサミット出席時、女王陛下主催の夕食会でエジンバラ公フィリップ殿下の事を「いつも女王陛下のお尻を見て歩くなんて気の毒」などと思ったとか。
(後に雑誌インタビューかテレビ番組で、その感想を自らバラしていた)

明治20年代の井上毅の男尊女卑思想と全く同じ発想で、昭和59年に中曽根康弘首相が女性君主への否定的な感想を持ったわけです。

対して、次のヘーセーでは・・・。
政治家よりも寧ろ、皇室内部の抵抗勢力(ヘーセー4G)が、時計の進みを巻き戻した。当時の東宮家唯一のお子様(皇女殿下)が皇位を継げるようにする性別不問の直系長子継承を謳った典範改正案を、出来の悪い次男夫婦に意図的にω付きを製造させることで、葬り去ったからね。
(キコの妊娠6週での“ゴカイニン速報”が出たとき、大多数の国民はドン引きした。数日後ぐらいには小泉首相が「皇室が一番の抵抗力だった」とぼやいていたのを、私は別れない)

ヘーセー時代に皇室内部の抵抗勢力連中(4G)がやらかした罪が、令和の今になって、政界の恐るべき男系男子カルト汚染状態として開花した(花と言っても毒花だけど)。

男系男子カルトに汚染された政治家連中は、井上毅や中曽根父の時代よりも一層トチ狂っている感じですしね。
やたらと肩書きが多い玄孫芸人
  • 手白香
  • 2026-07-15 12:02
  • edit
>○んこや△っこからも神様が生まれたんだから、天皇をお支えする家柄に生まれた竹田だけは、

>嫌がらずに飲むべきだ!

>と言ってます。

学生時代に古事記を読んだとき、神様の汚物から誕生した神様のエピソードには、結構驚きました。

このブログには、汚物から生まれた神々について判りやすく説明しています。
(嘔〇物からも、神様は誕生している)

https://vanyatan.amebaownd.com/posts/1120841/

>ほんとこんな野郎が〝歴史学者〟とは片腹痛い。

竹田って一応、慶応の法学卒。
法学者を名乗るかと思いきや、最近は「皇室史家」「政治評論家」など、色々な肩書きを名乗っていますね。

肩書きが多すぎる自称「識者」は、それだけで怪しいです。
台湾では親王名乗るおバカさん
  • ななお
  • 2026-07-18 11:03
  • edit
ケケ田、小林節先生から破門されてすしねぇ〜(;´д`)…。竹田父は三男で皇籍離脱後に生まれてるからそもそも元宮家じゃあないし、従弟のほうが元宮家っちゃあ元宮家で、クヤシイでしょうねぇ(笑)
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