〝推古天皇は女性〟
亭主が学校で習った、試験に出たという話から、そう言えば〝欠史八代〟というのもあった、習った、と娘と夕ご飯を食べながら皇統の話になった。
欠史八代、神武天皇からの統治を長く見せるために作ったという話から、いや実際にモデルとなる大王はいたのだろうと古代史でもいろいろ言われているそうだが、実際に存在したとしても
男系男子
で、ずっと繋いで来たかどうかはわからないではないか。
そんないいかげんなことで「歴史の重み」などと言う男系男子派は豆腐の角に頭をぶつけて○んでしまえ。
明治期、天皇は軍の総帥でもあられたので、井上毅が皇室典範を定める時に、特に「天皇は男」に拘ったと言われているが、古代神功皇后が大きな腹を抱えて三韓征伐に出かけたりもし、伴侶の天皇が亡くなった後、摂政として70年も統治したという話、江戸時代までは神功皇后って人気だったらしい。
だいたい大昔は、女のところへ男が忍んで行ったのだから、2600年の歴史の重みである男系男子は、「男の子だから」と大事にされて、ちょっと下駄も履かせて貰った「男」のファンタジーでしかないんでない?
竹田の○んこのお味噌汁の話は、「今日の夕ご飯がかぼちゃのスープでよかった!」と言いながら、娘が下した結論は。
○んこや△っこからも神様が生まれたんだから、天皇をお支えする家柄に生まれた竹田だけは、
嫌がらずに飲むべきだ!
と言ってます。
ほんとこんな野郎が〝歴史学者〟とは片腹痛い。
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